f0196962_16321168

それでは、同僚が体験した話です。
 
数年前、大きな台風が来た夜のこと。同僚Yは出張からの帰り道、浸水する道路を必死で走行していた。時間は0時近く。
 
夕方過ぎから警報も出ていたので、その頃は車量もほとんどなく、数十メートルおきに置かれた外灯の明りだけが頼り。視界は最悪。道路はどんどん水かさを増してくる。
 
Yはそれでも叩きつける雨の中、ワイパーをフル回転させながら必死に車を走らせていたんだけど、ついに前に進めなくなった。
 
窓を開けて下を覗き込んでみると、タイヤがほぼ水に浸かっていて、ドアの隙間からはじわじわと雨水が染み出し始めてきていた。
こりゃもうダメだ、と思ったYは、自分の入っている自動車保険に「集中豪雨の際のトラブル」みたいな条項があったことを思い出して、応援を呼んでみることにした。
 
実際こういうのを呼ぶのは初めてだったから、ちょっと緊張しつつケータイを鳴らすと、深夜にも関わらず向こうはすぐ出た。ていねいな対応で、事情を話すと、レスキュー班をすぐ派遣してくれるとのこと。
 
Yは現在地の詳細を伝え、お願いしますと言って電話を切った。
 
雨はまだまだ激しく降っている。風も轟々。外は真っ暗で心細い。早く来てくれないかなーと思いつつ、時間をやり過ごしていると、サイドミラーにぼんやりと近づいてくる明りが見えた。
 
やっと助けが来たようで、Yはほっとした。
 
軽トラのような車両がYの車の後ろにぴったり止まり、中からレインコートを羽織ったスタッフが現れた。窓をコンコンと叩くので少し開けると
 
「大丈夫ですかー?」
 
思っていたより若いまだ青年のような男だったが、Yには救いの神に見えた。
 
「早かったですね」
 
「出られますか?」
 
「ドアが水圧で開かないみたいなんです…」
 
「じゃあ、窓から出ましょう。僕が引っ張るんで」
 
手際よく、Yは無事に車から出された。スタッフの男は、自分と揃いのレインコートをYに羽織らせ、後ろのトラックまで誘導してくれた。
 
Yはレスキュー車の助手席に乗せてもらった。タオルも貸してくれた。
 
スタッフの青年は、自分はYの車のエンジンとか車両の不具合状況を調べなきゃならないから、ここで少し待っていてくれと言った。
 
「あ、これサービスです。温まりますよ」
 
青年はYに魔法ビンを差し出して、自分は豪雨の中出て行った。
 
いたれりつくせりだなーと感謝しつつ、Yは魔法ビンの中身を注ぐ。紅茶だった。あったかい。湯気と共に良い香りが車内に立ち込めた。
 
猫舌なので、紅茶をちょびちょび舐めるように飲んでいると、携帯が鳴った。画面を見ると、保険会社からだった。レスキューが無事着いたかどうかの確認だなと思い、Yは電話を取った。
 
「あ、Yさん、〇〇社です。ご状況いかがですか?」
 
「あ、どうもー」
 
「実はですね、大変申しわけないのですが、△△道が波浪警報のため現在通行止めになってしまっていて、Yさんがいらっしゃる地点まで、大きく迂回していかなければならないため、スタッフがそちらに着くまでに最低あと4、50分は掛かってしまうと思われます」
 
「…え?」
 
「もしもーし?」
 
「…」
 
「もしもーし、Yさん、大丈夫ですか?」
 
「あの…」
 
「はい」
 
「あの、スタッフの方、もう着いてます。」
 
「え?」
 
「10分まえくらいに…男の、若い人。私、もう車両から引っ張り出してもらいました。」
 
「え、本当ですか?」
 
「ええ。今、紅茶をいただいて…」
 
「紅茶?」
 
会話がなかなかかみ合わない。
 
保険会社の社員は、矢継ぎ早に質問をしてきた。そのレスキューは何時頃来たか、どんな車両で、どんな人相で、どんな服装で、何人来て、どんな対応をしたか。
 
Yは答えながら、携帯を握る手に汗がにじんでいくのを感じた。不安から自分がだんだん早口になっているのが分かった。
 
保険会社の社員は、Yさん落ち着いてください、と言った後、一呼吸置いてこう告げた。
 
「…あの…それは…本当に当社のスタッフでしょうか?」
 
保険会社の社員の話では、Yの元にきた男は服装や車両の特徴も、自社スタッフとまったく異なるという。
 
通常、豪雨時の応援には最低2人以上のスタッフを派遣することになっているし、暖かい紅茶のサービスなんていうのもおこっていない。
 
Yはわけが分からなくなった。保険会社の社員も同じくわけが分からないようで、
 
「現地に向かっているはずのレスキュースタッフと連絡を取ってみて、現状を確認次第、再度連絡します」
 
と告げ、Yの返事も聞かず、電話は切られてしまった。
 
Yはしばらく放心したが、自分の置かれている状況を整理すると背筋が凍った。前方のYの車両の脇で何か作業をしている風なレインコートの影。あれは一体誰なのか。
 
保険会社のものではないとしたら、今自分が乗せられているこの軽トラは何なのか。この紅茶は何のために飲まされたのか。ここから逃げた方が良いのか、助けをまった方が良いのか。
 
Yは混乱する頭で考えた。窓の外を見ると、一時期よりは雨は弱くなっていた。もし、逃げ出せるとしたら今がチャンスなのかもしれない。でも、どこへ?しかも足場は最悪だ。
 
ふと、前を見ると男の姿が見えない。あれ?と思い、フロントガラスの結露をぬぐってもう一度よく見たが、やはりさっきまでいたはずの男の姿が見えない。
 
どこへ行ったんだろう。
 
Yは意を決して外に出てみることにした。さっき男が貸してくれたレインコートを羽織ろうかと思ったけどやめた。
 
車から降りると、水かさはひざ下まで来ていた。Yは恐る恐る軽トラの周りを一周した。男に鉢合ったら間違いなく悲鳴を上げただろうが、会わなかった。
 
その時、携帯が鳴った。
保険会社からだった。
 
「あ、Yさん大丈夫ですか」
 
「はい」
 
「あの、あと10分ほどで救助スタッフが到着するそうなので、もう少しの辛抱です。大丈夫ですか?」
 
「あんまり大丈夫じゃないです。」
 
「あの、念のため警察にも通報を入れたので、それもそちらに向かっていますので…」
 
「私は、この場にいたほうが良いんですか?それとも逃げた方が良いんでしょうか?」
 
「あの、実はですね…」
 
「はい」
 
「Yさんが現在いらっしゃる近辺、刑務所があるそうなんですよ」
 
「え?」
 
「その辺りいつもなら夜中に巡回のパトカーなんかもいるらしいんですが、今夜は台風でそれもないので、十分に気をつけてくれ、とのことでした。」
 
と不安要素だけを告げて電話は切れた。
 
電話を切ったけど、車内に戻る気にもなれなかったYは、念のためもう一度軽トラの周りを一周してみることにした。男の姿がこつ然と見えなくなったことが、とにかく不安だった。
 
そうしてYが、ちょうど軽トラの真後ろにまわり込んだとき、突然、軽トラのエンジンが掛かる音がした。
 
まさかと思ったが、雨の中、軽トラが地響きを立てて動き出した。しかもバックに。Yはあわててバシャバシャ水を蹴りながら、後ろに逃げた。
 
だけど、軽トラはまだ下がってきた。のっそりと。Yが真後ろにいるのが分かっていてあえてじりじりと押し潰そうとするように下がってきた。
 
Yは軽くパニックになった。逃げても逃げても、トラックは後ろ向きに迫ってきた。
 
そのとき、逃げ惑うYの目に、こちらに近づいてくる車の明かりが飛び込んできた。Yはそれにむかって必死で走った。今度こそ本当に保険会社のロゴの入った大型車だった。
 
軽トラはYを追うのをやめて、前方にすごい速さで走り去って行った。
 
Yは雨の中倒れこんで、保険会社の救助スタッフに抱き起こされた。保険会社のスタッフ2人もYをひき殺そうとする軽トラをちゃんと見ていた。
 
Yの車は何もされていなかった。
 
窓ガラスが粉々に割られていたとか、扉が外されていたとか、シートがズタズタにされていたとか、タイヤがすべてパンクさせられていたとか、フロントガラスに手形がいっぱいついていたとかいうことも何もなく、雨の浸水被害だけで、人為的な損壊は本当に何もなかったそうだ。
 
だから、あの男が雨の中でなにをしていたのかは全く不明。あの謎の紅茶も、毒だとか睡眠薬が入っていたとかいうことも何もなく、本当にただの紅茶だったらしい。
 
一応警察に、男の人相なんかも話したらしいけど、指名手配犯にそんな奴はいないし、近くにあるという刑務所内でもその日は脱走犯とかはいなかった。
 
別にその辺りは事故現場で、幽霊が出るとかいわくつきスポットでもなかったし…だから本当に、あの青年が何者で何が目的なのか誰にも分からない。
 
なんでYをひき殺そうとするみたいに突然バックしてきたのかも謎。
 
ただ、ちょっと気味の悪い事件だったから、その後保険会社からはYに解約して欲しいって言われたらしい。
 
ごめん、これで終わりです。長いわりに怖くなくてごめん。実際きいたときは、もっと怖かったんだけど。

引用元:パラノーマルちゃんねる

この記事を読んだひとは、こちらも読んでいます