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1 2016/04/21(木)16:42:24 ID:zF6
怖くはない
怖くはないけど、不思議な話

 

3 2016/04/21(木)16:44:38 ID:zF6
俺は一時期、凄まじく沈んでいた時がある。
それこそ、いつ氏んでもいいって思うくらい。
仕事なんて適当にやって、上司に怒鳴られ、同僚に見下され、後輩に小馬鹿にされ。
色々アドバイスをしてくれていた友達にさえも嫌味を言って距離を置かれたり、とにかく色々諦めていた。
自暴自棄とも言えるけど、そんな大そうなもんでもない。
人生単位で、癇癪を起こしていたんだと思う。
こんなのは現実じゃない。きっと夢だ。
そんなガキ染みたわがままを、見えない誰かにぶつけていた。
5 2016/04/21(木)16:46:51 ID:zF6
その出来事は、そんな人生最悪の時のこと。
その日、仕事帰りに大雨が降っていた。
駅を出た俺は、自宅のアパートに向かう。
手にはコンビニ弁当。
以前は自炊もしていたが、その頃は作る気にもなれなかった。
6 2016/04/21(木)16:49:00 ID:zF6
俺の帰り道は、ローカル線沿いの裏路地を使う。
その道が近道だったし、人も車もほとんど通らなかったからストレスフリーだった。
俺はいつものように、その道を歩いていた。
手に持っていたコウモリ傘からは、激しい雨音が響く。
個人的に雨の日は嫌いじゃなかった。
どんよりとした気持ちを、雨水が流してくれているような気がしていた。
8 2016/04/21(木)16:51:06 ID:zF6
そんな中、ふと目の前の道端に、一つの水溜りがあることに気付いた。
人の姿なんてほとんどない、俺のアパートの、ほんのすぐ近くの裏路地。
もちろん大雨が降っていたから、水溜りなんて腐るほどある。
だけど、なんていうか、その水溜りは、異様な存在感があった。
一見したら普通の水溜りだけど、それから目を離せない。
自分でもどうしてか分からなかったけど、その水溜りがやけに気になりながら帰宅した。
9 2016/04/21(木)16:55:13 ID:zF6
その日の夜、夢を見た。
悪夢かどうかは分からないけど、あまりいい気分じゃなかった。
真っ暗な世界にぽつんと座り込む俺、そして、得体の知れない“それ”。
それは女の姿に似ていた。びしょ濡れの長い髪に、薄汚れたワンピースみたいな服。顔は髪が邪魔でよく見えない。
それとはまだかなりの距離があった。でも、なぜかそれがはっきりと分かった。
それはふらふらと、体を左右に揺らしながら、ゆっくりと俺の方へと向かって来る。
俺はすこしだけ恐怖を感じたが、それが近付いて来るのをぼんやり眺めていた。
すると、遠くにいるはずのそれから声が聞こえた。
「……し……だ……」
その声は途切れ途切れだった。
ちょうど、電波が悪い電話みたいな感じ。
途切れ途切れではあったけど、聞こえるところはやけにはっきりと聞こえる。
その声は、まるでスロー再生の声のように籠っていた。
でも俺は、やっぱりそれをのんびりと見ていた。
11 2016/04/21(木)16:57:17 ID:zF6
そこで目が覚めた。
不思議と恐怖も動揺もない。
もしかして氏んでもいいなんて思っていたからかもしれない。
その証拠だろうか。
なぜだか、どこか清々しく思えてしまっていた。
19 2016/04/21(木)18:01:06 ID:zF6
それから、雨の日の帰り道は、その水溜りを見かけるようになった。
水溜りは、決まってその場所にあった。
それを見た夜は、必ずあの夢を見た。
そして、それは徐々に俺に近付いて来ていた。
ゆらり、ゆらり、と、体を揺らしながら。
20 2016/04/21(木)18:03:37 ID:zF6
遠くにいたはずのそれは、いつしかほんの数メートル先に立っているまで接近していた。
「……しん……だ……」
「……しん……だか……」
「……しん……だか……ない……」
途切れ途切れだった声は、徐々にではあるが、なんて言っているのか聞き取れるようになってきていた。
俺はそれまで幽霊なんて見たことないし、信じたこともなかった。
でも、なんとなくだが、それが全部聞こえた時には氏ぬのかもしれないなぁなんて呑気に考えていた。
21 2016/04/21(木)18:06:54 ID:zF6
正直、その時の俺は、氏のうが生きようがどっちでもよかった。
生きていても生きている心地なんてなかったし、実感もなかった。
起きて、働いて、飯食って、帰って、寝て。
変わることのない毎日の繰り返しを、ただなんとなく過ごしていた。
もしこれで氏ぬなら、それはそれでいいかもしれないと思っていた。
悲劇的願望があったのかもしれない。
自分から命を絶つ勇気すらなかった俺は、誰かに自分の結末を付けて欲しかった。
そう思っていた。
22 2016/04/21(木)18:09:16 ID:zF6
そしてそれから数か月後のこと。
その日の夜は、雲が空一面に広がっていたからか、星すら見えなかった。
雨こそ降ってはいないが、どこまでも暗い、闇の中のような夜だった。
だが、雨は降っていなかったはずなのに、その夜は水溜りがそこにあった。
そしてそれは、これまで見たこともないほどに大きく、夜の底のように暗かった。
23 2016/04/21(木)18:13:24 ID:zF6
普段とは違う様子の水溜りに、少しばかり動揺していた。
でも俺は逃げるどころか足を止めて、水溜りを眺めていた。
すると水溜りに、音もなく波紋が広がりはじめた。
中心から外へ、じわりじわりと、より多く、より強く。
やがて波紋の中心から、何かが浮き上がって来た。
よく見れば、それは人の頭部だった。
びっしょりと濡れた、長い髪の頭だった。
さすがにそれには、俺も恐怖を抱いた。
それでも俺は、逃げることはしなかった。
むしろ、ああようやくか、なんて思いながら、人ならざるそれが出て来るのを待っていた。
24 2016/04/21(木)18:17:42 ID:zF6
時間にして、ほんの数秒くらいだろうか。
それは、その姿をはっきりと見せた。
それはやはり女性のようだった。でも、濡れた長い髪が顔を隠し、その表情は見えない。
荒いアスファルトだというのに、女は靴すら履かず裸足だった。
俺は、女から目を離せなくなっていた。
そして俺が見つめる中、女はゆらり、ゆらりと体を左右に揺らし始めた。
そしてゆっくりと、何も言わずに俺の方へと足を踏み出してきた。
25 2016/04/21(木)18:20:17 ID:zF6
それはまるで、あの夢の続きだった。
真っ暗な世界と、ぼんやり見つめる俺、揺れながら近付いて来る女。
見れば女が現れた位置は、最後に夢で見た数メートル先の位置。
場所こそ家の近くではあったが、夢の続きだった。
夢の残りが、その時終わろうとしていた。
26 2016/04/21(木)18:22:57 ID:zF6
それは、俺のすぐ目の前まで迫っていた。
目と鼻の先まで近付いた女は、びしょ濡れの両手を俺の顔へと伸ばして来る。
「……しん……だから……ほ……ない……」
その声もまた、よりはっきりと聞こえようとしていた。
そして女の手が間もなく俺の顔に触れる。その時だった。
女は体ごと急速に俺に接近してきた。
ぶつかる!そう思った瞬間、俺の意識は途切れた。
27 2016/04/21(木)18:26:29 ID:zF6
気が付いたら、俺は夢の中にいた。
ただ、それは俺の夢じゃない。
その夢は、あの女の夢だった。
なぜだかそれが、はっきりと分かった。
女の見た光景が、夢が、走馬灯のように目の前に流れていた。
28 2016/04/21(木)18:29:08 ID:zF6
女には、将来を約束した男がいた。
結婚を誓い合い、全てが順調で幸せだった。
しかし女は、大雨の日に交通事故に巻き込まれて、そのまま帰らぬ人になった。
女は、自らが氏んだことを理解していた。
そして氏んでなお、男を見守り続けていた。
幸せになって欲しい。自分の分まで、人生を生きてほしい。
女の想いが、俺の中に流れていた。
29 2016/04/21(木)18:31:26 ID:zF6
しかし男は、彼女を失った悲しみから抜け出せずにいた。
亡き彼女を想い、悔やみ、絶望する彼。
いつしか生きる気力まで失い始めた彼は、氏すらも望み始めていた。
そんな彼を見て、女は泣いていた。
そして泣きながら、同じ言葉を繰り返し呟いた。
「……心配だから、ほっとけない……」
30 2016/04/21(木)18:34:44 ID:zF6
その声がはっきりと聞こえた時、俺は目を覚ました。
辺りを見渡してみると、そこは俺の部屋だった。
いつの間に帰り眠ったのか分からない。
あれは全部夢だったのだろうか……。
そう思い始めていた俺は、顔に付いた涙の痕に気が付いた。
そして俺は、全てを理解した。
全てを悟った。
俺は大声で泣いた。声を上げて、嗚咽を漏らしながら。
自暴自棄になっていた自分を心から後悔した。
そして、心から謝りたかった。
全部は、俺のせいだった。
31 2016/04/21(木)18:37:25 ID:zF6
翌日、俺は仕事を休んで、とある場所へ向かった。
途中で花なんか買ったりして、わりときちっとした服を着て。
そしてその場所に着くとしゃがみ込み、花を置き手を合わせる。
立ち上がった俺は、墓標の下に眠る彼女に、声をかけた。
「ごめん。お前を縛っていたのは、俺だったんだな」
俺は自分の馬鹿さに気付いた。
そして、全力で彼女の願いに応えようと思った。
32 2016/04/21(木)18:41:14 ID:zF6
それ以降、俺は働いた。出かけた。笑った。時々怒った。
止まっていた時計を急速に進めるように、俺は人生をリスタートさせた。
しばらくすると、俺から離れていた友達も戻ってくれた。
会社でも何とか人並みの信用は取り戻し始めた。
そして、気になる人も出来た。
人生を投げ捨てようとしていた頃、俺に唯一声をかけ続けてくれていた女性だった。
もちろんまだ付き合ってすらいなかった。
どことなく、俺を見守っている彼女に申し訳がなかった。
それでも、その女性はいつも一緒にいてくれた。
33 2016/04/21(木)18:44:51 ID:zF6
そんな折、ふいに夢を見た。
ただ、前に見た妙な夢とは少し違っていた。
真っ白な世界。まるで光に包まれているかのような、暖かい世界。
その世界の真ん中に、俺と彼女は向かい合うように立っていた。
やけに意識がはっきりしていた。
俺は彼女に、軽く挨拶をした。
「久しぶり。あれから、なんとかやってるよ」
彼女は優しく微笑んでいた。
そして、懐かしい声で、俺に言葉を返した。
「あの子でいいんじゃない?決めちゃいなよ」
彼女は、くすくすと笑っていた。
34 2016/04/21(木)18:50:27 ID:zF6
気が付けば朝になっていた。
とても心地よくて、いい気分だった。
その日の夕方、彼女と会った。
その時、彼女がご飯を食べながら俺に言ってきた。「昨日の夜、変な夢を見た。
真っ白な景色で、女の人が立っていた。
見覚えがなくて、誰だろうって思っていたら、その人が私に言ってきた。
“子供っぽくて手がかかるだろうけど、彼をよろしくお願いします”って」それを聞いた瞬間、涙が溢れて来た。
彼女がわけが分からないといった様子で、俺を心配していた。
色んな人が俺達を見ていたけど、涙が止まらなかった。
彼女は、きっと俺の中の全部の不安を取り除くために残っているのだろう。
不甲斐ない俺がきちんと一人で歩いて行けるように、見守ってくれているのだろう。
そんな彼女の優しさが、嬉しくて、申し訳なくて、涙が止まらなかった。
35 2016/04/21(木)18:54:41 ID:zF6
それ以降、あの水溜りはもちろん、妙な夢を見ることもなくなった。
彼女があっちの世界に逝ったのかは分からない。
もしかしたら、俺の恥ずかしい行動を逐一見て笑っているのかもしれない。
どちらにしても、これ以上彼女に迷惑をかけたくはなかった。
むしろ見せつけてやろうと思っていた。
俺はこんだけ頑張れるんだぞ。
お前の心配なんてふっ飛ばしてやるぞって。ちなみに、その女性とは結婚を前提に付き合っている。
この一件のことは彼女に言った。
最初は驚いていたけど、一緒に墓参りにも行ってくれた。
36 2016/04/21(木)18:55:57 ID:zF6
最後になるけど、氏者が生きる人を呪ったり憑いたりする話はよく聞くけど、その逆もあり得るんだろう。
生きる者が、氏者を縛ること。
どうでもいいけど、そんなことを思った出来事でした。駄文失礼しました。
37 2016/04/21(木)18:57:25
おつ
なかなか面白かった
38 2016/04/23(土)08:53:03
人生を絶望している人にとって、何かしらのメッセージになる話でもあるわな。

引用元:おうまがタイムズ

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