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大学2年生の頃の話。

大学1年を寮で過ごし、一歩部屋を出れば廊下を友達が歩いている、

という非常にアットホームな環境下で暮らしていた。

それが心地よすぎたせいか、

アパートに住んでに半年にさしかかったというのに、一人暮らしと言う状況に慣れない。

寂しい、自分の料理がまずい、退屈、自分の料理が本当にまずい、

と理由は多々あったのだが、特に頭を悩ませていたのは隣人だった。

学生アパートなので、大学生であることは間違いないのだが、とにかく声が大きいのだ。

まず風呂場で歌う。

確かに全裸と言う一糸纏わぬ開放的な状況で、気分が高揚してしまう気持ちは判る。

だが突然丑三つ時に

「テテテテッテテテテッテテテテッテテテーーーーーーーーーーーン!!!!」

と天国と地獄を歌われ、驚きのあまり手に持っていたカミソリを取り落とし、

それの柄の部分を踏んで滑って転んで尻に青あざができた大学生の気持ちを考えてほしい。

他にも「あああ!!!これ進研○ミでやった問題だ!!!!!」と

突然叫んだり(しかし叫んだ衝撃で何かをこぼしたらしく

「うわああああああ俺の馬鹿」ときこえてきた)、「力士のおっぱいをもみしだきたい…」

と窓をあけて囁いたりするので、

むしろ何か隣人はちょっとヤバい人なのではないかと疑いを持ち始めていた。

そんなある日、大学から帰ってくると、見覚えのある人が隣人の部屋の前に立っていた。

見ればサークルの先輩である。

持病が悪化して入院したとかで休学していて、しばらく顔を見ていなかった人だった。

驚いて、何故ここにいるのかを尋ねると、「だってここ俺の部屋だもん」と指差した。隣人の部屋である。

「……先輩入院されてたんじゃないんですか?」

「おう、だから部屋開けんのちょっと恐くてさあ。半年近くも居なかったし、ゴキブリとかわいてたらどーしよ」

お前も立ち会ってくれよ、と、先輩は差し込んだ鍵をひねった。

ガチャ、と軽い音がして、先輩は、いとも簡単にドアノブを回した。

私が頭に浮かんだ様々を口にする暇はなかった。

「おーほこりくせえ」

その瞬間、私は見た。

ドアを開けて部屋に入る先輩。

――を文字通り、すり抜けて、入れ違いに出てきた男。

上背はあるが痩せた、中年の男だった。

男は、凍りついている私に顔を向け、にやり、と笑って、空気にとけて混じるように消え去ってしまった。

「おい、どうした?ゴキブリいたか?」

先輩の声が遠く聞こえる。

耳鳴りがわんわんと、鐘の残響のように止まらなかった。

先輩に男は見えていなかったようだった。

何とかこうとか、先輩に顔を向けて、何でもありません、と蚊の鳴くような声で言った。

まさか

「先輩のお部屋には風呂場で天国と地獄を歌ったり、進研ゼ○をやっていたり、

力士のおっぱいをもみしだきたい幽霊が住みついていましたよ」

とは言えない。

ましてやそれが、そのうるさくておかしな幽霊が、私が死んでしまおうかとしたり涙が止まらなかったりすると、

変なことをし始める隣人が、3か月前に自ら命を絶った、私の叔父なのだと。

私が死んでしまおうかとしたり、涙が止まらなかったりする、原因の諸悪の張本人だと、

どうやったって信じてもらえる自信はなかった。

引用元:怖い話

 

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