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去年の夏の終わりの話だよ。
去年仕事で日本に来たとき、独りで偶然見つけたバーに行ったんだ。独り酒、渋いでしょ?

かなり飲んでホテルに戻る頃には、深夜の12時を越えていた。人気のまばらな煉瓦街をふらふら、ほろ酔い心地で歩いていると後ろから声をかけられたんだ。
「ヒリペ様、やっと迎えに来てくださったのですね」
か細い声に振り向くと、黄色い着物姿の女の子が立ってた。
一目見た印象は悪いけど……幸薄そう、の一言。
くすんだ色の着物は襟が擦り切れてるし、その中の体は魅力的というには痩せすぎていた。
もしこれが俺好みのお嬢さんなら、彼女の待ち人である『ヒリペ様』じゃないけどバーに戻って口説きに入るね。でも、青白い顔の彼女に対しては、そういう欲は起きなかった。男に捨てられたの?かわいそう、程度にしか思わなかった。
「人違いだよ。お嬢さん」
一言告げると彼女はまじまじと俺を見上げてきた。痩せた顔に目だけがぎょろぎょろ大きくて、シャレコウベみたいだった。
それで、彼女は言ったんだよ。
「ヒリペ様、首を長くしてお待ちしておりました」
その目は俺を見ているようで、焦点は合ってない。
この娘、ちょっとやばい。ジャンキーかな。
あごから喉にかけて変な引っかき傷がたくさんあるし。
「ううん、俺、その『ヒリペ様』じゃないから」
俺はさっと手を振って、振り返りもしないで逃げ出した。

ホテルに戻って、翌朝。
仕事に出かけようとしたら、あの女の子がホテルの門の影に立っていたのよ。
「ヒリペ様」
前の日と同じ着物で、しかも、その日は土砂降りなのに傘もささないで外に立っているんだ。
「ヒリペ様」
誰かに話しかけるというよりは独り言に近い口調に、背筋がぞくっとした。
「ヒリペ様」
べったりと顔に張り付いた髪の隙間から、白目ばかりの目がこっちをまっすぐに見つめているんだ。
「ヒリペ様」
首からたれ下げた麻縄をずるずると引きずって、彼女が足を一歩前に出した。
「ヒリペ様、首を長くしてお待ちしておりました」
気味悪いだろ?俺はさっさとタクシーに乗り込んだ。
彼女は裸足でタクシーのあとを追いかけてきたけど、すぐに見えなくなった。

ホテルに戻るのは怖いから、俺は友達のAの家に泊まらせてもらうことにした。荷物は知り合いの同僚の外人Bに回収させることにして、一足早くAの家に到着した俺はAの飼っている犬をに撫で回していたんだ。そうしていると、Bから電話が入った。
『おい、その女って、黄色い和服で髪を丸く結っているか? そいつ、今Aの家の門にいる』

その後、Bは荷物を見られると面倒なことになりそうだから、とロッカーに預ける為に駅に戻ることになった。
『ありゃ、死人だな。あんな格好しているやつ、現代の日本にはいないだろ?帰ったら俺が何とかしてやるよ、金くれたらな』
電話を隣で聞きながら、Aがそんなばかな、と半分恐怖で引き攣った顔でつぶやいていた。だから、俺が彼女の服装を描いてみせるとうーんと唸る。
「なんだか、大分昔の、貧しい階層のお嬢さんのようですね。とても現代の方とは思えません」

その晩、怪しげな円陣に座らされた俺は、Bの悪魔払いを受けた。
Bがすごく嬉しそうで腹が立ったね。
でも、これ以上怖い思いをしなくて良いという気持ちもあったし、やっぱり浮かばれない女の子が天国に行くのはいいことだから、お兄さんはじっと我慢したよ。天国には彼女が愛する『ヒリペ様』も、『ヒリペ様』よりいい男もいるだろうからね。
「あの女の死に際が見えたけどさ、100年以上前、お前に似たフランス人に騙されたみてぇだな。本国に帰った男を何年も待った後、そいつが結婚した話を聞かされて、衝動的に首を吊って自殺したみたいだ」
ああ、かわいそうに。
俺は泣いたよ。
「最後まであの女、お前をその男だと勘違いしていたからな。まったく、ストーカー女は何するかわからないからな、日本にいる間位は女遊びやめろよ」
それなのに、はき捨てるように言ったBに腹が立って、俺は指導をしたよ。勘違いして俺にとりついたとしても、ストーカーなんて言っちゃだめ。純情な女の子だもん。優しくしてあげなきゃね。

それ以来、彼女は俺の前から姿を消した。
俺は最初のうちは身をキレイにして生活したけど、女の子達がこんなイケメンを放っておくわけないよね?
次の日本滞在のとき、街で女の子と知り合った。
女の子は今流行の森ガール?っていうの、ふわふわしたマタニティみたいな服を着ていて、カメラを下げていたんだ。で、カフェで寛ぐ俺の写真を取ってくれてさ。後で送りますって、メアドを交換したんだ。
で、その日の晩、早速彼女は写真を送ってくれた。
『送ろうかどうしようか迷ったんだけど……』
滞在先の日本の家で見たメールにはこんな断り書きがあった。
でも、俺も、隣にいたAも気にしなかった。
「ああ、この方、恋人がいらっしゃるんですよ。彼に内緒で他の男性にメールするのを躊躇っていらっしゃるみたいですね。貴方、どれだけしつこく彼女に絡んだのですか?」
「何だよ何だよ、俺をしつこいナンパ男みたいに言わないでよ。アドレス聞いてきたの彼女のほうからだぞ」
「にわかには信じられませんね」
そんな風に話しながらクリックした画像ファイルは、俺たちを凍らせた。

ぐるっと。
ぐるっと、長く伸びた女の首が俺に巻きついてるんだ。
画面左下から蛇のように伸びた首は、俺の胸のところで一回転絡んでいる。
女の肌には無数の引っかき傷。
あごには麻縄が食い込んでいる。
そして、俺の頬を舐めあげる女の顔は……もうわかるよね。
「彼女、首を長くして待っていたのですねぇ」
動けない俺に代わってAが呆然とつぶやいたよ。

引用元:てら・・・怖す。

 

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